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2006/03/01

団塊世代って?

「団塊世代」と言う言葉を聞くことが多くなっています。正確に調べてはいませんが、堺屋太一さんが命名した表現で1947年から1949年に生まれた世代で約700万人らしいです。今ではいわゆる「2007年問題」としても取り上げられています。実は私自身も1949年生まれでありその世代表現はともかく、今、世に発信されている言葉「定年延長・高齢化・年金改革・老人力・ユビキタス社会・ニート・個の時代・所得格差などなど」を捉えながら自分の人生を振り返ってみると大きなパラダイム転換期の真っ只中に置かれていることを感じ私の思考のキーワードにもなっています。私の感じたままを雑駁に表現してしまうと『この世代は、いままでの高度成長型社会経済の中で頑張って働き、気が付けば夢と思っていたマイホームを建てそこそこ家庭を持つことが出来、それなりに楽しくやってた。力一杯やってきたからこれからは好きな事をやってもいいじゃん・・・。ところが気付けば、社会の仕組みはドンドン変わる(社会保障や年金制度、市場経済の飽和や制度改革・・・で年金支給はチョット待って!働く場面のミスマッチ!おいおい!好きな事をやるところじゃ無いヨ!・・・もっと足元に目を向けると妻への思いや、子供達との触れ合いは?・・・いままで頑張ったことは確かだが、これから本当にどうすればいいんだ?・・・』という感じでしょうか。それでも団塊世代に対する熱いメッセージも発信されており、もっと社会や経済への貢献が期待できるとの基調だと思います。今回はここまでです。こんな事を考えられる今を”arigato”

刺激剤として今年の1月に読んだ本と、新聞や雑誌を読んで気に留まった一言を紹介します。

☆本;「乱世を生きる市場原理は嘘かもしれない 橋本治 集英社新書 定価735円」

☆朝日新聞の記事から;「精神分析家E・H・エリクソン⇒中年が 成長し発達するには世代継承性(Generativity)という課題を克服しなければならない。神戸大学院金井教授⇒中年を見て若者が育つように、伊能忠敬など中年以降に業績を成し遂げた人も多い。残りの人生は趣味だ失楽園だと言うには早すぎる。新たな夢を見て欲しい。残間里江子⇒団塊世代の知的願望や周りの目を気にしがちな特性に共鳴する。実年齢を超越して輝いている人は想像と創造の力を持っている。菅直人⇒会社人間が地域で生まれ変わるきっかけになればいい、例えば官と民の間に利益を求めずに能力に応じて地域に貢献する領域をつくる」

☆雑誌の記事から;「仕事(働く)との三要素は「生計を維持する」「社会貢献」「自己実現」である。年収や地位など目に見える報酬の他、働きがいや人間の成長など目に見えない報酬もある。

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コメント

 そうですか、私は、akiraさんより6歳年下ということになります。私は、いまだに独身ですが....。

 私は、生きる ということに、深い意味は持ち合わせていないんです。常に何とかなるのかな と思っております。
 とにかく、自分がかわいいのです。あの二宮尊徳も、
 「父母も その父母も 我が身なり
  我れを敬せよ 我れを愛せよ」
といっております。少し意味が違うかもしれませんが。

 物事、損得だけでは味気ないものだけです。たまには、叱られても(また、叱られるということ自体が生きている証とも思えるのですが)、ありがたいことと思っております。

 こうして、息をして、食事をし、排泄をするということは、生きているからできることで、こんな素晴らしいことはないでしょう と思うのです。

 これからも、思った通り、息をしていってくださいませ。
 

投稿: さかえ | 2006/03/01 19:59

 やっと、いままでかかって好きな人の名言を検索しました。
 実は、私は、気になる名言とかコラムをパソコンの中に、文字情報として取り入れているのですが、それを探し出すのに一苦労でした。これは、私に対しての戒めです。私もこのようになりたいと思っております。


「人生は、心一つの置きどころで変わる。
 テレビは、我が家の「劇場」、我が家は七つの劇場(チャンネル)をもつ。
 夏の扇風機は、吾れに仕える腰元。
 タクシーは、運転手つきの自家用車と思えば社長気分。
 タクシー代は、運転手への給料と思えば、実に安い。
 女房は、所詮他人、されば、愚妻とて気にならず--。隣りの夫人が、たまたま手伝いに来ていると思えば、礼こそ言えども、腹はたたない。
 傘がないときは、金を出して貧乏の修行中だと思えば楽な事。
 どうせ裸で生まれ、たらい(産湯)から、たらい(棺桶)に移る人生である。己れの安定の為の職業は糞くらえ!。
 答えは、誰でも同じこと--「死ぬ」なれば、その死に至るプロセス(過程)こそ大切よ。
 そのプロセスの材料も、これまた同じ--。
 目は二つで、鼻一ッ。足で歩いて、手で掴み、尻でもの言う人はない。
 立って半畳、寝て一畳、ふとんの良し悪しも、寝るまでのこと。寝てしまえば、駅のホームのベンチさえ、宇宙の褥(しとね)となりにけり。
 着る物は、せいぜい着ても一着。御飯はせいぜい二杯か三杯。
 「寝だめ」「食いだめ」「着だめ」も出来ず。厠の姿は皆同じ。泣いて暮らすも、笑うて住むも同じこの世の浮世、なり。
 苦の後に楽があるから「苦楽」にして苦と楽は、車の両輪の如く付いているから、「互苦楽」というの・・」。

「人生山河ここにあり」
佐々木 将人 著
マネジメント社 出版

投稿: さかえ | 2006/03/01 20:27

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